2011年05月06日
きまぐれテニス小説 『 30-40』 ⑤
きまぐれ テニス小説 『30-40』
第 5 話 アエロプロドライブ限定品 発売?
ベランダのでっかい鉢に植えてある兼六園菊桜が満開を迎えた。
桜好きが講じて、5年ほど前に購入した苗が、ちゃんと花を咲かせてくれている。
ベランダへ通じる扉を開けて、八重の花が鈴なりになっているのを見上ると、
自然に、ほぉーっと、感嘆の息がもれた。
「 ほんと、毎年よく咲いてくれるよな、ありがとな。」
声に出してつぶやきながら、幹にそっと触れた。
兼六園菊桜の花びらは、一つで250枚程もあるらしい。
すっごい数だよな。
時間の経過も忘れて桜に見入っていると、ぐうぅ・・・と腹が鳴った。
と、同時に部屋の中でケータイも鳴り出した。
サンダルが脱げずに転びそうになりながら部屋に駆け込み、
テーブルに顔をぶつけそうになりながらケータイを掴むと、
テニスカフェ“ ふらりんこ ” の夕美絵さんからだった。
「 どうしてる? 最近、練習来てないらしいじゃない。まさか、病気じゃないよね? 」
「 ああ、違います。仕事で休日返上が続いちゃってて。昨日で大分落ち着きましたけど 」
「 そう、それなら安心したわ。奈保ちゃんにも伝えておくわ、最近 “ ふらりんこ ” に
みえませんね、って心配そうにしてたから 」
「 えっ? 奈保ちゃんが? あ、あぁ、そうですか 」
奈保ちゃんってのは、“ふらりんこ”のカフェスペースでアルバイトをしている女子大生で、
練習も上下関係も厳しいテニス部に所属していながら、話すと、どことなくほんわかした
雰囲気の、感じの良い子だ。
「 ところで、話はテニスに移るけど・・・」
「 あ、はい 」
慌てて、浮かんでいた奈保ちゃんの笑顔を振り払い、夕美絵さんの声に意識を向ける。
「 アエロプロドライブの限定品って、知ってる? 」
「 もちろんですよ! あれ、“ ふらりんこ ”でも入荷するんですか? 」
「フフン。・・・っていうか、入荷しました、一昨日! 」
夕美絵さんは、不適な笑いのあとで仰天発言をした。
「 ええっ? あれって、5月中旬から下旬って話じゃありませんでした? 」
「 それが、思ったより早かったのよ。ウチでは、5月4日に入荷して、5日から並べたの。
ラケットバッグとかカスタムダンプは、中旬から下旬になりそうだけど 」
「 あちゃー、まいったな。完全出遅れました。で、どうです、実物のデザインとか 」
「 うん、悪くないんじゃないかなー。ピュアドライブの限定品の時より、全然出足が早いのが
その証かしらね 」
「 ってことは、まさか、もう何本か売れたんですか? 」
「 4本 」
「 よっ、4本も? 」
「 しかも、全部別々のお客様でございますぅ~ 」
「 えっ? ちょっと、ちょっと、な、何本入荷したんすか? 」
まさか、早々と売り切れちゃうんじゃないだろうな、買う気満々ってわけじゃなかったのに、
なぜか焦る。
「 10本入荷で、内2本はご予約でお取り置き。4本売れてしまいましたので、
残りは4本でございますぅ・・・と話している間に、また限定アエロの前にお客様が
いらっしゃいましたーってことで、興味があったら、早く来てね。今回ばかりは、
特別に取っておくの難しいから 」
夕美絵さんからの電話が切れた。
こうしちゃいらんない。
急いで身支度を済ませ、“ふらりんこ”へ向かって、夕暮れから夜に変わり始めた街に飛び
出した。
振り向いてベランダを見上げると、夕暮れ前に眺めていた桜が、「 行っといで 」 と
見送ってくれているようだった。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
第 5 話 アエロプロドライブ限定品 発売?
ベランダのでっかい鉢に植えてある兼六園菊桜が満開を迎えた。
桜好きが講じて、5年ほど前に購入した苗が、ちゃんと花を咲かせてくれている。
ベランダへ通じる扉を開けて、八重の花が鈴なりになっているのを見上ると、
自然に、ほぉーっと、感嘆の息がもれた。
「 ほんと、毎年よく咲いてくれるよな、ありがとな。」
声に出してつぶやきながら、幹にそっと触れた。
兼六園菊桜の花びらは、一つで250枚程もあるらしい。
すっごい数だよな。
時間の経過も忘れて桜に見入っていると、ぐうぅ・・・と腹が鳴った。
と、同時に部屋の中でケータイも鳴り出した。
サンダルが脱げずに転びそうになりながら部屋に駆け込み、
テーブルに顔をぶつけそうになりながらケータイを掴むと、
テニスカフェ“ ふらりんこ ” の夕美絵さんからだった。
「 どうしてる? 最近、練習来てないらしいじゃない。まさか、病気じゃないよね? 」
「 ああ、違います。仕事で休日返上が続いちゃってて。昨日で大分落ち着きましたけど 」
「 そう、それなら安心したわ。奈保ちゃんにも伝えておくわ、最近 “ ふらりんこ ” に
みえませんね、って心配そうにしてたから 」
「 えっ? 奈保ちゃんが? あ、あぁ、そうですか 」
奈保ちゃんってのは、“ふらりんこ”のカフェスペースでアルバイトをしている女子大生で、
練習も上下関係も厳しいテニス部に所属していながら、話すと、どことなくほんわかした
雰囲気の、感じの良い子だ。
「 ところで、話はテニスに移るけど・・・」
「 あ、はい 」
慌てて、浮かんでいた奈保ちゃんの笑顔を振り払い、夕美絵さんの声に意識を向ける。
「 アエロプロドライブの限定品って、知ってる? 」
「 もちろんですよ! あれ、“ ふらりんこ ”でも入荷するんですか? 」
「フフン。・・・っていうか、入荷しました、一昨日! 」
夕美絵さんは、不適な笑いのあとで仰天発言をした。
「 ええっ? あれって、5月中旬から下旬って話じゃありませんでした? 」
「 それが、思ったより早かったのよ。ウチでは、5月4日に入荷して、5日から並べたの。
ラケットバッグとかカスタムダンプは、中旬から下旬になりそうだけど 」
「 あちゃー、まいったな。完全出遅れました。で、どうです、実物のデザインとか 」
「 うん、悪くないんじゃないかなー。ピュアドライブの限定品の時より、全然出足が早いのが
その証かしらね 」
「 ってことは、まさか、もう何本か売れたんですか? 」
「 4本 」
「 よっ、4本も? 」
「 しかも、全部別々のお客様でございますぅ~ 」
「 えっ? ちょっと、ちょっと、な、何本入荷したんすか? 」
まさか、早々と売り切れちゃうんじゃないだろうな、買う気満々ってわけじゃなかったのに、
なぜか焦る。
「 10本入荷で、内2本はご予約でお取り置き。4本売れてしまいましたので、
残りは4本でございますぅ・・・と話している間に、また限定アエロの前にお客様が
いらっしゃいましたーってことで、興味があったら、早く来てね。今回ばかりは、
特別に取っておくの難しいから 」
夕美絵さんからの電話が切れた。
こうしちゃいらんない。
急いで身支度を済ませ、“ふらりんこ”へ向かって、夕暮れから夜に変わり始めた街に飛び
出した。
振り向いてベランダを見上げると、夕暮れ前に眺めていた桜が、「 行っといで 」 と
見送ってくれているようだった。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
2010年11月17日
きまぐれテニス小説 『 30-40』 ④
きまぐれ テニス小説 『30-40』
第 4 話 エッグパワー17 の色合い
「 張りあがったわよー 」
“ ふらりんこ ” のカフェスペースで、千冬と 『 世界バレー 』 を見て
いると、ストリンガーの夕美絵さんが、たった今、奥のストリンキング
スペースで張り上げたばかりのラケットを持って来てくれた。
きちんと張り上がったストリングは、ラケットを丸ごとリフレッシュした
かのように美しく見せてくれる。
「 うわぁ、これがゴーセンのエッグパワー17 ですかー。今すぐに打
ちたい感じです。どうもありがとうございます 」
受け取りながらお礼を言うと、夕美絵さんは、ちょっと心配そうに聞い
てきた。
「 色は、どう? いつものプロハリケーンツアーとは、ちょっと違う
イエローなんだけど 」
「 ほんとですね、プロハリケーンツアーが蛍光塗料っぽい黄色、もしくは
レモンイエロー だとすると、エッグパワー17 は、山吹色にも近い様な、
いわゆる黄色、しっかり色ののった濃い目の黄色って感じですね。でも、
問題ないですよ」
( 画像 右上から エッグパワー、プロハリケーンツアー )
「 そう? それなら良かった 」
すると、すぐ横で会話を聞いていた千冬が、興味津々に身を乗り出して来た。
「 なに、なに、なに、もしかして エッグパワーって、ゴーセンから出た、誰でもエッグボールが打
てて、誰でも ナダルになれゃうっていうやつ? 」
「 千冬、お前、話が飛躍し過ぎだから。スピン性能と反発性を高めたことでエッグボールを実現
するってキャッチであって、誰でもエッグボールが打てるなんて言ってないし、ましてナダルに
なれちゃうなんて、パッケージのどこにも書いてないから! 」
「 あ、そーお? そーだっけ? まぁ、ともかくどんな打ち応えか、楽しみだろ。でも、見たところ、
オレには、何の変哲もない、ただの黄色いポリエステルストリングに見えるけどなぁ 」
千冬の疑問に、夕美絵さんが答えた。
「 そうね。確かに断面が特殊な楕円になってはいるんだけど、張った外見は目立たないかもね。
でも、よーく目を凝らして見ると、まっすぐな直線じゃなく、押しつぶされた様ないびつさが、部分
部分で見て取れるでしょう。わかりづらいかなー 」
「 どれどれ? 」
ラケット面を一枚隔てて、僕と千冬は、まじまじとストリングを覗き込んだ。
よく確かめようとするほどに、二人の顔は互いにラケットに近づいていき……
「 バカ、近いよ! 」
二人で同時に叫んで、ラケットから顔を離した。結局、いびつさは、よくわからず終いだった。
僕らの様子を笑顔で見ていた夕美絵さんが言った。
「 それじゃぁ、良かったらそのエッグパワーの感想、お願いね、出来上がったらファイリングさせて
もらうから 」
「 わかりました。早速、明日から使ってみて、どんなストリングか自分なりにつかめたところで書い
てみます 」
そう言って、明日を楽しみにしながらラケットをしまい、夕美絵さんと千冬と一緒に 『 世界バレー 』
に目を移した。
カフェのアルバイトを終えたばかりの奈保ちゃんも、夕美絵さんの分の珈琲を運んで来て加わり、
他にお客さんがいなかったこともあって、時に声を出し、手を叩きながら試合終了まで観戦した。
結局、日本代表チームが勝利をあげたのを見届けて、僕らはそれぞれの帰路に着いた。
帰り道、外の空気は、昼間と比べてひんやりしていたけれど、日本チームの熱いプレーの余韻が
残っているせいか、むしろ心地良く感じた。
日本選手たちは、いきいきとプレーしていたし、コートの中の木村沙織選手は、特に輝いて見えた。
自分は、試合であんな風にいきいきとテニスをできているだろうか。
ふと、そんなことを思って夜空を見上げると、冷えた空気の中、星が幾つも煌いていた。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「 第2話 2010 世界バレー 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「 第3話 栗原恵と膝サポーター 」 は、こちらからお読みいただけます。
第 4 話 エッグパワー17 の色合い
「 張りあがったわよー 」
“ ふらりんこ ” のカフェスペースで、千冬と 『 世界バレー 』 を見て
いると、ストリンガーの夕美絵さんが、たった今、奥のストリンキング
スペースで張り上げたばかりのラケットを持って来てくれた。
きちんと張り上がったストリングは、ラケットを丸ごとリフレッシュした
かのように美しく見せてくれる。
「 うわぁ、これがゴーセンのエッグパワー17 ですかー。今すぐに打
ちたい感じです。どうもありがとうございます 」
受け取りながらお礼を言うと、夕美絵さんは、ちょっと心配そうに聞い
てきた。
「 色は、どう? いつものプロハリケーンツアーとは、ちょっと違う
イエローなんだけど 」
「 ほんとですね、プロハリケーンツアーが蛍光塗料っぽい黄色、もしくは
レモンイエロー だとすると、エッグパワー17 は、山吹色にも近い様な、
いわゆる黄色、しっかり色ののった濃い目の黄色って感じですね。でも、
問題ないですよ」
( 画像 右上から エッグパワー、プロハリケーンツアー )
「 そう? それなら良かった 」
すると、すぐ横で会話を聞いていた千冬が、興味津々に身を乗り出して来た。
「 なに、なに、なに、もしかして エッグパワーって、ゴーセンから出た、誰でもエッグボールが打
てて、誰でも ナダルになれゃうっていうやつ? 」
「 千冬、お前、話が飛躍し過ぎだから。スピン性能と反発性を高めたことでエッグボールを実現
するってキャッチであって、誰でもエッグボールが打てるなんて言ってないし、ましてナダルに
なれちゃうなんて、パッケージのどこにも書いてないから! 」
「 あ、そーお? そーだっけ? まぁ、ともかくどんな打ち応えか、楽しみだろ。でも、見たところ、
オレには、何の変哲もない、ただの黄色いポリエステルストリングに見えるけどなぁ 」
千冬の疑問に、夕美絵さんが答えた。
「 そうね。確かに断面が特殊な楕円になってはいるんだけど、張った外見は目立たないかもね。
でも、よーく目を凝らして見ると、まっすぐな直線じゃなく、押しつぶされた様ないびつさが、部分
部分で見て取れるでしょう。わかりづらいかなー 」
「 どれどれ? 」
ラケット面を一枚隔てて、僕と千冬は、まじまじとストリングを覗き込んだ。
よく確かめようとするほどに、二人の顔は互いにラケットに近づいていき……
「 バカ、近いよ! 」
二人で同時に叫んで、ラケットから顔を離した。結局、いびつさは、よくわからず終いだった。
僕らの様子を笑顔で見ていた夕美絵さんが言った。
「 それじゃぁ、良かったらそのエッグパワーの感想、お願いね、出来上がったらファイリングさせて
もらうから 」
「 わかりました。早速、明日から使ってみて、どんなストリングか自分なりにつかめたところで書い
てみます 」
そう言って、明日を楽しみにしながらラケットをしまい、夕美絵さんと千冬と一緒に 『 世界バレー 』
に目を移した。
カフェのアルバイトを終えたばかりの奈保ちゃんも、夕美絵さんの分の珈琲を運んで来て加わり、
他にお客さんがいなかったこともあって、時に声を出し、手を叩きながら試合終了まで観戦した。
結局、日本代表チームが勝利をあげたのを見届けて、僕らはそれぞれの帰路に着いた。
帰り道、外の空気は、昼間と比べてひんやりしていたけれど、日本チームの熱いプレーの余韻が
残っているせいか、むしろ心地良く感じた。
日本選手たちは、いきいきとプレーしていたし、コートの中の木村沙織選手は、特に輝いて見えた。
自分は、試合であんな風にいきいきとテニスをできているだろうか。
ふと、そんなことを思って夜空を見上げると、冷えた空気の中、星が幾つも煌いていた。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「 第2話 2010 世界バレー 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「 第3話 栗原恵と膝サポーター 」 は、こちらからお読みいただけます。
2010年11月11日
きまぐれテニス小説 『30-40』 ③
きまぐれ テニス小説 『30-40』
第 3 話 栗原恵と膝サポーター
“ ふらりんこ ” のカフェスペースに設置してある三菱の3D液晶テレビ LCD-55MDR1
で見る 『 2010 世界バレー 』 は ド迫力で、夕美絵さんが名前を挙げた木村沙織選手の
スラッとした背の高さ、江畑選手の面白いように決まるアタック、佐野選手の地面とボール
との間に手の平一枚を滑り込ませて打ち上げたミラクルなレシーブ、チーム皆の連帯感、
鮮やかなコンビネーションプレーなど、女子バレーに魅了されるのに、長い時間はかから
なかった。
なんだろう、彼女たちの、このひたむきさ。
しごかれても、しごかれても、監督やコーチを信じて声を出し、練習に
没頭する中高生の運動部の生徒達を思い起こさせるような、一点を
目指す まなざし。
率直にいいなぁ、と感じていると、右から声をかけられた。
「 よっ、何してんの 」
テレビ画面から視線を移すと、珈琲を持ちながら近づいてきた千冬だった。
千冬って、女性にも見かける名前だけど、コイツは男。
誰もが知る大手企業に勤めていることや、182cmの身長が、ちょっと羨ましかったりも
する大学からの友人だ。
別に待ち合わせをしていたわけじゃないんだけど、こんな風に不意に現れることが多いんだ、
千冬は。
「 どったの、女子バレーなんか見ちゃって。さては、さおりんの隠れファンだったとか? 」
「 いや、そういうわけじゃ…… 」
「 いいよ、いいよ、隠さなくたってー。AKBを隠れて応援してるより、
ずっといいと思うよー。さおりんの一生懸命バレーボールをやる姿、
引き込まれるもんねぇ 」
「 確かに引き込まれてるけど……、木村沙織を知ったのは、恥ずか
しながら、ついさっきだから 」
「 えぇっ? さおりんのこと知らなかったのぉ? 」
信じられないといった風に大きく目を見開いて、千冬は続けた。
「 じゃぁ、何でそんな真剣に見入っちゃってんの。昔、バレーボールやってたとか?
だとしたら初耳だけど 」
「 いや、バレーボールは、体育の時間にやったくらいだよ。トスで突き指するわ、レシーブで
腕は真っ赤になるわ、アタックでネットするわで、あんまりいい思い出ないし…… 」
「 ぷっ、散々な思い出だなぁ 」
「 そう。けど、夕美絵さんに進められて見始めたら、なんかこう、熱いものがあるよね、
バレーボールって。青春っていうか、スポ根というか、すっかりファンになっちゃったよ 」
半ば興奮気味に話すと、千冬がコーヒーカップをソーサーに静かに戻しながら言った。
「 エースの栗原恵って選手が、今控えに回ってるんだけどさ。去年の
11月に左ひざの半月板を断裂して、今年3月に手術したんだよ。
で、手術後、リハビリしながら復帰めざして、ようやく代表メンバーに
戻ってきたんだ。この試合でも出てくる場面があると思うけど 」
「 へぇ、そうなんだ 」
「 バレーボールってさ、ジャンプして、エビ反って、打ち込んで、着地して、
ってのを繰り返すからさ、腰とかひざとか痛めること、結構多いんだよ。
時には、届くかどうかのボールに飛び込んだりして。傍で見ているより、ハードなスポーツ
なんだよ 」
「 なるほど 」
「 そういえばだいぶ前、ひざ痛めたって言ってたけど、最近どうなのよ 」
千冬は、栗原恵選手の話から、僕のひざへ話を移したので、当時の事を振り返って話した。
「 ああ、ひざね。何度も水が溜っては、それを抜いてっていうのを繰り返していたら、ある日、
熱をもって普段の 1.5倍くらいに腫れちゃってさ、それが1週間くらい続いて、歩けなくなっ
ちゃって。正直焦ったけど、腫れが引いたら、ひざの違和感がなくなって、それ以来、水も
溜らなくなったんだよ。ちょっと説明がつかない不思議体験 」
「 ほぉ、そんな事があったんだ。テニスもひざを酷使するスポーツだもんな。予めサポーターとか
付けたほうかいいかもな 」
「 そう。だから、今でもハードな練習の時は、予防をかねて、これを使ってるんだ 」
そう言ってバッグから ザムスト の ひざサポーター ZK-7 を
取り出して千冬に見せ、少し説明を加えた。
「 サポートの度合いによって何種類か発売されてるんだけど、
それは一番しっかりサポートしてくれるハード。ちょっとばかり
ゴツイけど、安心感が高くて気に入ってるんだ。動きを妨げ
られる感じもないし、複数のストラップで締め具合を自在に
調節できるから 」
「 なるほど、なかなかしっかりした作りみたいだねぇ 」
ストラップの先のマジックテープをベリベリ剥がしたり付けたり
しながら僕の説明を聞いていた千冬が、うなずきながら言った。
確か、8千円以上したので、買う時は踏ん切りがいったのを覚えている。
ひざの痛みを再発させて、テニスができなくなる事を考えれば、絶対に必要な買い物だと
自分を納得させて買ったんだけど、重宝してる。
もう何度も洗ってるけど、生地の傷みも見られないし、長く使える良品だと思う。
テレビでは、バレーボールの試合が進んでいる。
千冬が ZK-7 を持つ手を止めて、画面に釘付けになったと思ったら、
ヒザの故障から手術後復帰したという栗原恵がコートに入っていた。
彼女も背が高い。
高いネットもそれほど高く感じさせない木村沙織と一緒にで映っていると、うーん、絵になる。
彼女たちが、もしもバレーボールではなく、この身長とリーチの長さでテニスを選んでいたら、
どうなっていたのだろう……、
なんて素朴な疑問が浮かんだところで、ゴーセンのエッグパワーを張ってくれていた夕美絵さん
から声がかかった。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「 第2話 2010 世界バレー 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「第4話 エッグパワー17 の色合い 」 は、こちらこらお読みいただけます。
第 3 話 栗原恵と膝サポーター
“ ふらりんこ ” のカフェスペースに設置してある三菱の3D液晶テレビ LCD-55MDR1
で見る 『 2010 世界バレー 』 は ド迫力で、夕美絵さんが名前を挙げた木村沙織選手の
スラッとした背の高さ、江畑選手の面白いように決まるアタック、佐野選手の地面とボール
との間に手の平一枚を滑り込ませて打ち上げたミラクルなレシーブ、チーム皆の連帯感、
鮮やかなコンビネーションプレーなど、女子バレーに魅了されるのに、長い時間はかから
なかった。
なんだろう、彼女たちの、このひたむきさ。
しごかれても、しごかれても、監督やコーチを信じて声を出し、練習に
没頭する中高生の運動部の生徒達を思い起こさせるような、一点を
目指す まなざし。
率直にいいなぁ、と感じていると、右から声をかけられた。
「 よっ、何してんの 」
テレビ画面から視線を移すと、珈琲を持ちながら近づいてきた千冬だった。
千冬って、女性にも見かける名前だけど、コイツは男。
誰もが知る大手企業に勤めていることや、182cmの身長が、ちょっと羨ましかったりも
する大学からの友人だ。
別に待ち合わせをしていたわけじゃないんだけど、こんな風に不意に現れることが多いんだ、
千冬は。
「 どったの、女子バレーなんか見ちゃって。さては、さおりんの隠れファンだったとか? 」
「 いや、そういうわけじゃ…… 」
「 いいよ、いいよ、隠さなくたってー。AKBを隠れて応援してるより、
ずっといいと思うよー。さおりんの一生懸命バレーボールをやる姿、
引き込まれるもんねぇ 」
「 確かに引き込まれてるけど……、木村沙織を知ったのは、恥ずか
しながら、ついさっきだから 」
「 えぇっ? さおりんのこと知らなかったのぉ? 」
信じられないといった風に大きく目を見開いて、千冬は続けた。
「 じゃぁ、何でそんな真剣に見入っちゃってんの。昔、バレーボールやってたとか?
だとしたら初耳だけど 」
「 いや、バレーボールは、体育の時間にやったくらいだよ。トスで突き指するわ、レシーブで
腕は真っ赤になるわ、アタックでネットするわで、あんまりいい思い出ないし…… 」
「 ぷっ、散々な思い出だなぁ 」
「 そう。けど、夕美絵さんに進められて見始めたら、なんかこう、熱いものがあるよね、
バレーボールって。青春っていうか、スポ根というか、すっかりファンになっちゃったよ 」
半ば興奮気味に話すと、千冬がコーヒーカップをソーサーに静かに戻しながら言った。
「 エースの栗原恵って選手が、今控えに回ってるんだけどさ。去年の
11月に左ひざの半月板を断裂して、今年3月に手術したんだよ。
で、手術後、リハビリしながら復帰めざして、ようやく代表メンバーに
戻ってきたんだ。この試合でも出てくる場面があると思うけど 」
「 へぇ、そうなんだ 」
「 バレーボールってさ、ジャンプして、エビ反って、打ち込んで、着地して、
ってのを繰り返すからさ、腰とかひざとか痛めること、結構多いんだよ。
時には、届くかどうかのボールに飛び込んだりして。傍で見ているより、ハードなスポーツ
なんだよ 」
「 なるほど 」
「 そういえばだいぶ前、ひざ痛めたって言ってたけど、最近どうなのよ 」
千冬は、栗原恵選手の話から、僕のひざへ話を移したので、当時の事を振り返って話した。
「 ああ、ひざね。何度も水が溜っては、それを抜いてっていうのを繰り返していたら、ある日、
熱をもって普段の 1.5倍くらいに腫れちゃってさ、それが1週間くらい続いて、歩けなくなっ
ちゃって。正直焦ったけど、腫れが引いたら、ひざの違和感がなくなって、それ以来、水も
溜らなくなったんだよ。ちょっと説明がつかない不思議体験 」
「 ほぉ、そんな事があったんだ。テニスもひざを酷使するスポーツだもんな。予めサポーターとか
付けたほうかいいかもな 」
「 そう。だから、今でもハードな練習の時は、予防をかねて、これを使ってるんだ 」
そう言ってバッグから ザムスト の ひざサポーター ZK-7 を
取り出して千冬に見せ、少し説明を加えた。
「 サポートの度合いによって何種類か発売されてるんだけど、
それは一番しっかりサポートしてくれるハード。ちょっとばかり
ゴツイけど、安心感が高くて気に入ってるんだ。動きを妨げ
られる感じもないし、複数のストラップで締め具合を自在に
調節できるから 」
「 なるほど、なかなかしっかりした作りみたいだねぇ 」
ストラップの先のマジックテープをベリベリ剥がしたり付けたり
しながら僕の説明を聞いていた千冬が、うなずきながら言った。
確か、8千円以上したので、買う時は踏ん切りがいったのを覚えている。
ひざの痛みを再発させて、テニスができなくなる事を考えれば、絶対に必要な買い物だと
自分を納得させて買ったんだけど、重宝してる。
もう何度も洗ってるけど、生地の傷みも見られないし、長く使える良品だと思う。
テレビでは、バレーボールの試合が進んでいる。
千冬が ZK-7 を持つ手を止めて、画面に釘付けになったと思ったら、
ヒザの故障から手術後復帰したという栗原恵がコートに入っていた。
彼女も背が高い。
高いネットもそれほど高く感じさせない木村沙織と一緒にで映っていると、うーん、絵になる。
彼女たちが、もしもバレーボールではなく、この身長とリーチの長さでテニスを選んでいたら、
どうなっていたのだろう……、
なんて素朴な疑問が浮かんだところで、ゴーセンのエッグパワーを張ってくれていた夕美絵さん
から声がかかった。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「 第2話 2010 世界バレー 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「第4話 エッグパワー17 の色合い 」 は、こちらこらお読みいただけます。
2010年11月08日
きまぐれテニス小説 『30-40』 ②
きまぐれ テニス小説 『30-40』
第 2 話 2010 世界バレー
カランコロン♪
ストリングショップ と カフェ が 一つになったテニスカフェ“ ふらりんこ ” の扉を開けると
いつもの鐘の音色が迎えてくれた。
古くは3階建てだったスーパーを全面改装して今風な外観に整備された1階が“ ふらりんこ ”。
2階と3階は、アパレルの事務所が入ってる。
なかなかに広いフロアは、4つのスペースに分かれていて、手前右側が カフェスペース。
ここには、55型の液晶テレビも設置してある。
大抵は、プロテニスの試合が流れていて、たまに違うスポーツも流れるけれど、その時は、
陸上くらいかな。
オーナーの考えで、野球 ・ サッカー ・ ゴルフは流さないんだって。この3つのスポーツは、毎日
のニュースの中でも見れるだろ、って。
全く同感。
大型テレビの後方、ベンジャミンで垣根を作ったその奥が、ストリングの張替えを行うスペース。
4台のマシーンがセットしてあって、常時、何台かは稼動している。
ストリンキングスペースの左側は、ストリングの販売カウンター。ここには、取り扱っているストリ
ングのファイルが用意してあって、カフェに持ち込んでゆっくり選ぶことができる。
実はこのファイル、ストリンガーさんが張る工程で気付いたことやアドバイスが載っていたり、
実際に張って使用してみたお客さんのコメント、いわゆる インプレ と呼ばれる感想や評価も合わ
せて読めるようになっていて、ひそかに人気があるファイルだ。
ストリングの販売カウンターの手前、つまりお店に入ってすぐ左側は、サイフォンが並ぶ、珈琲の
販売カウンター。
ポコポコという、サイフォンの音と、珈琲の香りがなんともリラックスのひとときを演出してくれて、
この雰囲気が気に入って、あしげく通う常連さんも多いらしい。
「 あ、いらっしゃいませ 」
入り口で、フロア内にひと回り目線を送っていると、学生アルバイトの奈保ちゃんが、珈琲カウン
ターから顔をのぞかせた。
黒髪のショートカットが似合う、よく気のきく明るい女の子だ。
「 あ、こんばんはー。奈保ちゃん、いたんだ 」
挨拶を返すと、彼女は、焙煎スイッチを押そうとする手を一旦止めて答えた。
「 はい、一週間で唯一、部活が休みの日ですから 」
「 そっかぁ、偉いなー。奈保ちゃん所のテニス部、練習厳しいのに。身体休めなくて大丈夫? 」
「 全然大丈夫です。ここに来てると楽しいですし、珈琲の香りで癒されますから 」
「 そう、それは良かった。あ、本日の珈琲を一つお願い。奥で張替え頼んで戻って来るから 」
「 かしこまりましたー 」
奈保ちゃんの笑顔に送られ、ストリングの販売カウンターに進むと、カウンター内には人の姿が
なく、ストリンキングスペースから声をかけられた。
「 おーい、こっちだよー 」
「 ああ、夕美絵さんこんばんは。作業中だったんですね 」
「 そうよー。今日はもう朝から私だけで7本目。この時期は、あちこちで大会も多いでしょう。その
せいじゃないかなー、大忙しよ 」
「 そんな状況なのに、エッグパワー入荷のご連絡をいただき、ありがとうございます 」
「 ほんとよねー。よし、7本目出来た、と。 はい、ラケット出して 」
夕美絵さんは、正式なストリンガーの有資格者で、プロの大会でもストリンキングを務めている
ほどの腕前。
そんな人に、テニスの一愛好家に過ぎない自分が張ってもらえるなんて、ありがたい。
「 あ、はい、お願いします 」
いつものことながら、ちょっと緊張しつつ、会社のロッカーから持ち帰ってきたラケットをソフト
バッグから取り出し、手渡した。
「 どうする? 1 時間くらいだけど、待ってる? それとも明日以降、取りに来る?」
「 待ってます。今、奈保ちゃんにコーヒーも頼んだし 」
「 オッケー。じゃ、カフェで世界バレーでも見てて。もう始まる頃だし。張り終わったら声かける
から 」
「 あ、今日は、バレーボール中継なんですか 」
めずらしいなと思って聞いてみると、
「 そう。私の趣味でね 『 2010 世界バレー 』。ムフ。ご覧の通り、見れないんだけど 」
手際良くストリングマシンにラケットをセットしながら、夕美絵さんは笑顔で答えた。
「 ああっ、なんか申し訳ないです。じゃ、代わりに見ときます、ははは 」
「 木村さおりん もイイんだけど、江畑って子のバックアタックいいから、あと佐野ちゃんのレシー
ブも、地味な様でファインプレーだから。注目して 」
「 はい、わかりましたー 」
木村に、江畑に、佐野? 選手の名前をポンポン出されて慌てたけど、何とか記憶し、
『 2010 世界バレー 』 が始まるという大型テレビのあるカフェスペースへ急いだ。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「 第3話 栗原恵と膝サポーター 」 は、こちらからお読みいただけます。
第 2 話 2010 世界バレー
カランコロン♪
ストリングショップ と カフェ が 一つになったテニスカフェ“ ふらりんこ ” の扉を開けると
いつもの鐘の音色が迎えてくれた。
古くは3階建てだったスーパーを全面改装して今風な外観に整備された1階が“ ふらりんこ ”。
2階と3階は、アパレルの事務所が入ってる。
なかなかに広いフロアは、4つのスペースに分かれていて、手前右側が カフェスペース。
ここには、55型の液晶テレビも設置してある。
大抵は、プロテニスの試合が流れていて、たまに違うスポーツも流れるけれど、その時は、
陸上くらいかな。
オーナーの考えで、野球 ・ サッカー ・ ゴルフは流さないんだって。この3つのスポーツは、毎日
のニュースの中でも見れるだろ、って。
全く同感。
大型テレビの後方、ベンジャミンで垣根を作ったその奥が、ストリングの張替えを行うスペース。
4台のマシーンがセットしてあって、常時、何台かは稼動している。
ストリンキングスペースの左側は、ストリングの販売カウンター。ここには、取り扱っているストリ
ングのファイルが用意してあって、カフェに持ち込んでゆっくり選ぶことができる。
実はこのファイル、ストリンガーさんが張る工程で気付いたことやアドバイスが載っていたり、
実際に張って使用してみたお客さんのコメント、いわゆる インプレ と呼ばれる感想や評価も合わ
せて読めるようになっていて、ひそかに人気があるファイルだ。
ストリングの販売カウンターの手前、つまりお店に入ってすぐ左側は、サイフォンが並ぶ、珈琲の
販売カウンター。
ポコポコという、サイフォンの音と、珈琲の香りがなんともリラックスのひとときを演出してくれて、
この雰囲気が気に入って、あしげく通う常連さんも多いらしい。
「 あ、いらっしゃいませ 」
入り口で、フロア内にひと回り目線を送っていると、学生アルバイトの奈保ちゃんが、珈琲カウン
ターから顔をのぞかせた。
黒髪のショートカットが似合う、よく気のきく明るい女の子だ。
「 あ、こんばんはー。奈保ちゃん、いたんだ 」
挨拶を返すと、彼女は、焙煎スイッチを押そうとする手を一旦止めて答えた。
「 はい、一週間で唯一、部活が休みの日ですから 」
「 そっかぁ、偉いなー。奈保ちゃん所のテニス部、練習厳しいのに。身体休めなくて大丈夫? 」
「 全然大丈夫です。ここに来てると楽しいですし、珈琲の香りで癒されますから 」
「 そう、それは良かった。あ、本日の珈琲を一つお願い。奥で張替え頼んで戻って来るから 」
「 かしこまりましたー 」
奈保ちゃんの笑顔に送られ、ストリングの販売カウンターに進むと、カウンター内には人の姿が
なく、ストリンキングスペースから声をかけられた。
「 おーい、こっちだよー 」
「 ああ、夕美絵さんこんばんは。作業中だったんですね 」
「 そうよー。今日はもう朝から私だけで7本目。この時期は、あちこちで大会も多いでしょう。その
せいじゃないかなー、大忙しよ 」
「 そんな状況なのに、エッグパワー入荷のご連絡をいただき、ありがとうございます 」
「 ほんとよねー。よし、7本目出来た、と。 はい、ラケット出して 」
夕美絵さんは、正式なストリンガーの有資格者で、プロの大会でもストリンキングを務めている
ほどの腕前。
そんな人に、テニスの一愛好家に過ぎない自分が張ってもらえるなんて、ありがたい。
「 あ、はい、お願いします 」
いつものことながら、ちょっと緊張しつつ、会社のロッカーから持ち帰ってきたラケットをソフト
バッグから取り出し、手渡した。
「 どうする? 1 時間くらいだけど、待ってる? それとも明日以降、取りに来る?」
「 待ってます。今、奈保ちゃんにコーヒーも頼んだし 」
「 オッケー。じゃ、カフェで世界バレーでも見てて。もう始まる頃だし。張り終わったら声かける
から 」
「 あ、今日は、バレーボール中継なんですか 」
めずらしいなと思って聞いてみると、
「 そう。私の趣味でね 『 2010 世界バレー 』。ムフ。ご覧の通り、見れないんだけど 」
手際良くストリングマシンにラケットをセットしながら、夕美絵さんは笑顔で答えた。
「 ああっ、なんか申し訳ないです。じゃ、代わりに見ときます、ははは 」
「 木村さおりん もイイんだけど、江畑って子のバックアタックいいから、あと佐野ちゃんのレシー
ブも、地味な様でファインプレーだから。注目して 」
「 はい、わかりましたー 」
木村に、江畑に、佐野? 選手の名前をポンポン出されて慌てたけど、何とか記憶し、
『 2010 世界バレー 』 が始まるという大型テレビのあるカフェスペースへ急いだ。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
● 「 第3話 栗原恵と膝サポーター 」 は、こちらからお読みいただけます。
2010年11月05日
きまぐれテニス小説 『30-40』 ①
きまぐれ テニス小説 『30-40』
第 1 話 会社帰りに寄ります
ストリングショップ と カフェ が 一つになったテニスカフェ“ ふらりんこ ” の夕美絵さんから
ケータイ電話に連絡が入ったのは、仕事の昼休み。
立ち食いそば屋の、外にせり出しているカウンターで、道行くサラリーマンに、何を食べてい
るのかと、ジロジロ見られながら、きつねうどんをハフハフほおばっている時だった。
「 はひ、もひもひ・・・ 」
「 ゴーセン の エッグパワー 入荷したわよ、張ってみる? 」
「 ぶほっ! 」
うそっ! と言ったつもりだったんだけど、熱いうどんがのたうっ
てる口では、無理があった。
えっ? なんだって? と電話の向こうで夕美絵さんが叫んでる
のを聞きながら、
「 お、おひかえひ、れんわひまふ 」
と言って、申し訳ないと思いながら、一方的にケータイを切った。
ここのうどんは、ツユが美味い。刻んだゆずをひとかけら浮かしてあるところも心憎い。
これは熱いうちに食べなくっちゃ、美味さ半減。
いつもは、きっちり 6分で食べ終わるところを、エッグパワーのことが気になり、4分半で
ツユまで飲みきった。
身体の内側から、ドッ! と汗が吹き出てくるのを感じながら、人通りのない細い路地に
進んで、“ ふらりんこ ” に折り返しの連絡 を入れた。
ワンコールでつながると、
「 はひ、ふはひんほへふ 」
と、お返しの第一声をお見舞いされた。
夕身絵さんは、こういう冗談をやる人なのだ。
「 はい、はい、先程は大変申し訳ございませんでした。熱いうどん食べ始めたばっかりの
タイミングだったんです、スミマセン 」
「 もー、しょーがないなー。許すわよ。で? 」
「 GOSEN の エッグパワー って 10月末の発売予定でしたよね。いつも2週間遅れの
入荷が当たり前なのに、めずらしく早いじゃないですかー! 」
「 うるっさいわね、ひと言多いってば。量販店に持ってかれちゃって、ウチみたいな小さな
お店には、初回出荷が回ってこないんだから仕方ないでしょー。せっかく親切に一報を
入れてあげてるのに憎たらしいんだから。さぁ、張るの、張らないの? 単張り 5個入っ
たけど、あと 2個しかないから、張るなら意思表示! 」
「 そりゃぁ、もちろん! あっ、そういえば、あれってゲージ 2種類でしたよね 」
「 ゴメン、17のほうしか入ってないんだー。17っていうのは、
1.22~1.24のほう。で、色はイエロー。ちなみに 16は、
1.30~1.32で オレンジ 」
「 17のほうが、16より細いんだ? なんか頭がこんがらがりそう。
でも、自分は、17のほうで。いつも使ってるプロハリツアーの
1.25に太さも色も近そうだし 」
「 オッケー。……んー、だけど、ただひとつ気になってるのよねー。
前回張ってから、まだ間もなかったわよね、確か 」
「 ひひひ、それなら大丈夫。おとといのナイター練習で切れましたから! 」
「 おっ、学生並みじゃない? 張って間もないポリを切っちゃうなんて 」
「 いや、それが完全なオフショットで。ナイターってボール見えないんですもん 」
「 見えないけどこの辺だろ、エイッ!て振ったら・・・ 」
「 ブチッ! と音がした 」
「 なるほど。じゃ、早く持っといで~ 」
「 あい。じゃ、今日、会社帰りに寄ります 」
ケータイを閉じると、何だかワクワクしてきた。
テニス雑誌の広告で気になっていたストリング、GOSENの エッグパワー を発売早々の
タイミングで張れるなんて。
エッグパワーは、ゴーセン独自の 「 特殊楕円形断面 」 構造を採用した共重合ポリエステル
モノフィラメント特殊加工のストリング。
なんだか難しそうだけど、要するに形状を楕円形にしたことで、ボールとの接触面積が広がり、
さらに特殊加工を施すことで、摩擦係数を高め、スピン性能がアップした、って話らしい。
加えて、反発性も高めたことで、打ち出しの速いスピードボールがストレートに近い軌道を
生み出し、スピンによってボールが沈む 「 エッグボール 」 を実現するというもの。
自分の打球が、今まで以上にスピンがかかり、しかも球速や弾道までも強さを増せば、練習
も試合も楽しみになろうってもんだ。
昼休みを終えて、仕事に戻ってからも、珍しく目をキラキラさせながらPCの前に座り、楽しくて
しょうがない、ってな顔でキーボードを叩いていた。
心そこにあらず。気持ちは、すでに “ ふらりんこ ” に向かっていた。
( きまぐれで? ) つづく
● 「 第2話 2010 世界バレー 」 は、こちらからお読みいただけます。
第 1 話 会社帰りに寄ります
ストリングショップ と カフェ が 一つになったテニスカフェ“ ふらりんこ ” の夕美絵さんから
ケータイ電話に連絡が入ったのは、仕事の昼休み。
立ち食いそば屋の、外にせり出しているカウンターで、道行くサラリーマンに、何を食べてい
るのかと、ジロジロ見られながら、きつねうどんをハフハフほおばっている時だった。
「 はひ、もひもひ・・・ 」
「 ゴーセン の エッグパワー 入荷したわよ、張ってみる? 」
「 ぶほっ! 」
うそっ! と言ったつもりだったんだけど、熱いうどんがのたうっ
てる口では、無理があった。
えっ? なんだって? と電話の向こうで夕美絵さんが叫んでる
のを聞きながら、
「 お、おひかえひ、れんわひまふ 」
と言って、申し訳ないと思いながら、一方的にケータイを切った。
ここのうどんは、ツユが美味い。刻んだゆずをひとかけら浮かしてあるところも心憎い。
これは熱いうちに食べなくっちゃ、美味さ半減。
いつもは、きっちり 6分で食べ終わるところを、エッグパワーのことが気になり、4分半で
ツユまで飲みきった。
身体の内側から、ドッ! と汗が吹き出てくるのを感じながら、人通りのない細い路地に
進んで、“ ふらりんこ ” に折り返しの連絡 を入れた。
ワンコールでつながると、
「 はひ、ふはひんほへふ 」
と、お返しの第一声をお見舞いされた。
夕身絵さんは、こういう冗談をやる人なのだ。
「 はい、はい、先程は大変申し訳ございませんでした。熱いうどん食べ始めたばっかりの
タイミングだったんです、スミマセン 」
「 もー、しょーがないなー。許すわよ。で? 」
「 GOSEN の エッグパワー って 10月末の発売予定でしたよね。いつも2週間遅れの
入荷が当たり前なのに、めずらしく早いじゃないですかー! 」
「 うるっさいわね、ひと言多いってば。量販店に持ってかれちゃって、ウチみたいな小さな
お店には、初回出荷が回ってこないんだから仕方ないでしょー。せっかく親切に一報を
入れてあげてるのに憎たらしいんだから。さぁ、張るの、張らないの? 単張り 5個入っ
たけど、あと 2個しかないから、張るなら意思表示! 」
「 そりゃぁ、もちろん! あっ、そういえば、あれってゲージ 2種類でしたよね 」
「 ゴメン、17のほうしか入ってないんだー。17っていうのは、
1.22~1.24のほう。で、色はイエロー。ちなみに 16は、
1.30~1.32で オレンジ 」
「 17のほうが、16より細いんだ? なんか頭がこんがらがりそう。
でも、自分は、17のほうで。いつも使ってるプロハリツアーの
1.25に太さも色も近そうだし 」
「 オッケー。……んー、だけど、ただひとつ気になってるのよねー。
前回張ってから、まだ間もなかったわよね、確か 」
「 ひひひ、それなら大丈夫。おとといのナイター練習で切れましたから! 」
「 おっ、学生並みじゃない? 張って間もないポリを切っちゃうなんて 」
「 いや、それが完全なオフショットで。ナイターってボール見えないんですもん 」
「 見えないけどこの辺だろ、エイッ!て振ったら・・・ 」
「 ブチッ! と音がした 」
「 なるほど。じゃ、早く持っといで~ 」
「 あい。じゃ、今日、会社帰りに寄ります 」
ケータイを閉じると、何だかワクワクしてきた。
テニス雑誌の広告で気になっていたストリング、GOSENの エッグパワー を発売早々の
タイミングで張れるなんて。
エッグパワーは、ゴーセン独自の 「 特殊楕円形断面 」 構造を採用した共重合ポリエステル
モノフィラメント特殊加工のストリング。
なんだか難しそうだけど、要するに形状を楕円形にしたことで、ボールとの接触面積が広がり、
さらに特殊加工を施すことで、摩擦係数を高め、スピン性能がアップした、って話らしい。
加えて、反発性も高めたことで、打ち出しの速いスピードボールがストレートに近い軌道を
生み出し、スピンによってボールが沈む 「 エッグボール 」 を実現するというもの。
自分の打球が、今まで以上にスピンがかかり、しかも球速や弾道までも強さを増せば、練習
も試合も楽しみになろうってもんだ。
昼休みを終えて、仕事に戻ってからも、珍しく目をキラキラさせながらPCの前に座り、楽しくて
しょうがない、ってな顔でキーボードを叩いていた。
心そこにあらず。気持ちは、すでに “ ふらりんこ ” に向かっていた。
( きまぐれで? ) つづく
● 「 第2話 2010 世界バレー 」 は、こちらからお読みいただけます。