2011年05月06日
きまぐれテニス小説 『 30-40』 ⑤
きまぐれ テニス小説 『30-40』
第 5 話 アエロプロドライブ限定品 発売?
ベランダのでっかい鉢に植えてある兼六園菊桜が満開を迎えた。
桜好きが講じて、5年ほど前に購入した苗が、ちゃんと花を咲かせてくれている。
ベランダへ通じる扉を開けて、八重の花が鈴なりになっているのを見上ると、
自然に、ほぉーっと、感嘆の息がもれた。
「 ほんと、毎年よく咲いてくれるよな、ありがとな。」
声に出してつぶやきながら、幹にそっと触れた。
兼六園菊桜の花びらは、一つで250枚程もあるらしい。
すっごい数だよな。
時間の経過も忘れて桜に見入っていると、ぐうぅ・・・と腹が鳴った。
と、同時に部屋の中でケータイも鳴り出した。
サンダルが脱げずに転びそうになりながら部屋に駆け込み、
テーブルに顔をぶつけそうになりながらケータイを掴むと、
テニスカフェ“ ふらりんこ ” の夕美絵さんからだった。
「 どうしてる? 最近、練習来てないらしいじゃない。まさか、病気じゃないよね? 」
「 ああ、違います。仕事で休日返上が続いちゃってて。昨日で大分落ち着きましたけど 」
「 そう、それなら安心したわ。奈保ちゃんにも伝えておくわ、最近 “ ふらりんこ ” に
みえませんね、って心配そうにしてたから 」
「 えっ? 奈保ちゃんが? あ、あぁ、そうですか 」
奈保ちゃんってのは、“ふらりんこ”のカフェスペースでアルバイトをしている女子大生で、
練習も上下関係も厳しいテニス部に所属していながら、話すと、どことなくほんわかした
雰囲気の、感じの良い子だ。
「 ところで、話はテニスに移るけど・・・」
「 あ、はい 」
慌てて、浮かんでいた奈保ちゃんの笑顔を振り払い、夕美絵さんの声に意識を向ける。
「 アエロプロドライブの限定品って、知ってる? 」
「 もちろんですよ! あれ、“ ふらりんこ ”でも入荷するんですか? 」
「フフン。・・・っていうか、入荷しました、一昨日! 」
夕美絵さんは、不適な笑いのあとで仰天発言をした。
「 ええっ? あれって、5月中旬から下旬って話じゃありませんでした? 」
「 それが、思ったより早かったのよ。ウチでは、5月4日に入荷して、5日から並べたの。
ラケットバッグとかカスタムダンプは、中旬から下旬になりそうだけど 」
「 あちゃー、まいったな。完全出遅れました。で、どうです、実物のデザインとか 」
「 うん、悪くないんじゃないかなー。ピュアドライブの限定品の時より、全然出足が早いのが
その証かしらね 」
「 ってことは、まさか、もう何本か売れたんですか? 」
「 4本 」
「 よっ、4本も? 」
「 しかも、全部別々のお客様でございますぅ~ 」
「 えっ? ちょっと、ちょっと、な、何本入荷したんすか? 」
まさか、早々と売り切れちゃうんじゃないだろうな、買う気満々ってわけじゃなかったのに、
なぜか焦る。
「 10本入荷で、内2本はご予約でお取り置き。4本売れてしまいましたので、
残りは4本でございますぅ・・・と話している間に、また限定アエロの前にお客様が
いらっしゃいましたーってことで、興味があったら、早く来てね。今回ばかりは、
特別に取っておくの難しいから 」
夕美絵さんからの電話が切れた。
こうしちゃいらんない。
急いで身支度を済ませ、“ふらりんこ”へ向かって、夕暮れから夜に変わり始めた街に飛び
出した。
振り向いてベランダを見上げると、夕暮れ前に眺めていた桜が、「 行っといで 」 と
見送ってくれているようだった。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。
第 5 話 アエロプロドライブ限定品 発売?
ベランダのでっかい鉢に植えてある兼六園菊桜が満開を迎えた。
桜好きが講じて、5年ほど前に購入した苗が、ちゃんと花を咲かせてくれている。
ベランダへ通じる扉を開けて、八重の花が鈴なりになっているのを見上ると、
自然に、ほぉーっと、感嘆の息がもれた。
「 ほんと、毎年よく咲いてくれるよな、ありがとな。」
声に出してつぶやきながら、幹にそっと触れた。
兼六園菊桜の花びらは、一つで250枚程もあるらしい。
すっごい数だよな。
時間の経過も忘れて桜に見入っていると、ぐうぅ・・・と腹が鳴った。
と、同時に部屋の中でケータイも鳴り出した。
サンダルが脱げずに転びそうになりながら部屋に駆け込み、
テーブルに顔をぶつけそうになりながらケータイを掴むと、
テニスカフェ“ ふらりんこ ” の夕美絵さんからだった。
「 どうしてる? 最近、練習来てないらしいじゃない。まさか、病気じゃないよね? 」
「 ああ、違います。仕事で休日返上が続いちゃってて。昨日で大分落ち着きましたけど 」
「 そう、それなら安心したわ。奈保ちゃんにも伝えておくわ、最近 “ ふらりんこ ” に
みえませんね、って心配そうにしてたから 」
「 えっ? 奈保ちゃんが? あ、あぁ、そうですか 」
奈保ちゃんってのは、“ふらりんこ”のカフェスペースでアルバイトをしている女子大生で、
練習も上下関係も厳しいテニス部に所属していながら、話すと、どことなくほんわかした
雰囲気の、感じの良い子だ。
「 ところで、話はテニスに移るけど・・・」
「 あ、はい 」
慌てて、浮かんでいた奈保ちゃんの笑顔を振り払い、夕美絵さんの声に意識を向ける。
「 アエロプロドライブの限定品って、知ってる? 」
「 もちろんですよ! あれ、“ ふらりんこ ”でも入荷するんですか? 」
「フフン。・・・っていうか、入荷しました、一昨日! 」
夕美絵さんは、不適な笑いのあとで仰天発言をした。
「 ええっ? あれって、5月中旬から下旬って話じゃありませんでした? 」
「 それが、思ったより早かったのよ。ウチでは、5月4日に入荷して、5日から並べたの。
ラケットバッグとかカスタムダンプは、中旬から下旬になりそうだけど 」
「 あちゃー、まいったな。完全出遅れました。で、どうです、実物のデザインとか 」
「 うん、悪くないんじゃないかなー。ピュアドライブの限定品の時より、全然出足が早いのが
その証かしらね 」
「 ってことは、まさか、もう何本か売れたんですか? 」
「 4本 」
「 よっ、4本も? 」
「 しかも、全部別々のお客様でございますぅ~ 」
「 えっ? ちょっと、ちょっと、な、何本入荷したんすか? 」
まさか、早々と売り切れちゃうんじゃないだろうな、買う気満々ってわけじゃなかったのに、
なぜか焦る。
「 10本入荷で、内2本はご予約でお取り置き。4本売れてしまいましたので、
残りは4本でございますぅ・・・と話している間に、また限定アエロの前にお客様が
いらっしゃいましたーってことで、興味があったら、早く来てね。今回ばかりは、
特別に取っておくの難しいから 」
夕美絵さんからの電話が切れた。
こうしちゃいらんない。
急いで身支度を済ませ、“ふらりんこ”へ向かって、夕暮れから夜に変わり始めた街に飛び
出した。
振り向いてベランダを見上げると、夕暮れ前に眺めていた桜が、「 行っといで 」 と
見送ってくれているようだった。
( きまぐれで ) つづく
● 「 第1話 会社帰りに寄ります 」 は、こちらからお読みいただけます。